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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)1893号 判決 1987年5月18日

原告(反訴被告) 株式会社 ナルミヤ

右代表者代表取締役 成宮惣五郎

右訴訟代理人弁護士 正田昌孝

被告(反訴原告) 株式会社ヨコタデザインワークスタジオ

右代表者代表取締役 横田良一

右訴訟代理人弁護士 園田峯生

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを五分し、その四を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告。以下「被告」という。)は原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し金一五二万円及びこれに対する昭和五九年一二月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は被告に対し金三〇万四、〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年四月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 原告は婦人服の製造、販売等を業とする会社であり、被告は商業店舗の企画、設計等を業とする会社である。

2 原告は、昭和五九年一二月二八日、被告に対し原告が出店を予定している渋谷区神宮前一丁目に所在するコクシー一八八というビル内の二件の店舗の内装の設計及び監理を依頼し、同日、次の(一)(二)の設計請負契約(以下「本件設計契約」という。)を締結し、初回支払金として合計金一五二万円を支払った。

(一)(1) 企画設計の名称 Kファクトリー(これは、原告が製造する婦人服のブランド名である。)

(2) 企画完了予定日 昭和六〇年一月一〇日

設計完了予定日 同年同月一七日

工事完了予定日 同年三月三一日

(3) 請負金額 金一五五万円

(4) 支払時期 契約締結時(昭和五九年一二月二八日)金七七万五、〇〇〇円

基本デザイン決定時(昭和六〇年一月一七日)金六二万円工事完了時(同年三月三〇日)金一五万円

(二)(1) 企画設計の名称 Bクラブ(これも原告が製造する婦人服のブランド名である。)

(2) 企画完了予定日、設計完了予定日、工事完了予定日はいずれも(一)に同じ

(3) 請負金額 金一四九万円

(4) 支払時期 契約時(昭和五九年一二月二八日)金七四万五、〇〇〇円

基本デザイン決定時(昭和六〇年一月一七日)金五九万六、〇〇〇円

工事完了時(同年三月三〇日)金一四万九、〇〇〇円

3 本件各店舗の内装は、そこで販売するKファクトリー及びBクラブという原告の各ブランド商品のイメージ、雰囲気に合ったものでなければならないため、原告は、本件設計契約締結の頃、被告に対して各ブランド製品を見せ、これらのイメージを説明し、内装設計についての希望を伝えた。

具体的には、Kファクトリーについては、「アメリカの西海岸のイメージで明るくて健康的なイメージ」のデザインを、Bクラブについては、「都会のイメージでパリの街角のごくありふれたイメージ」のデザインを希望したものである。

4 原告は、昭和六〇年一月一八日になって、各店舗の内装についての模型及び図面を原告に提出してきた。

しかし、これらのデザインは各ブランドの雰囲気に合うものではなかったので、原告は、翌一九日、被告に対しそれぞれ別のデザインを考えてくるよう要求した。これに対して被告は、このデザインで十分であるとして、他のデザインを提出することを拒否し、以後何らの作業も進めなかった。

5 本件のように一つのブランドに象徴されるところの一つのセンスないし特徴をもった婦人服だけを専門的に販売する店舗の内装は、それが婦人服のイメージと一致してこれを引き立てるような雰囲気を持つことが必要である。

被告は、本件設計契約において各ブランド商品のイメージ、雰囲気に合った内装を設計する義務があるが、具体的にいえば、設計過程において必要に応じ随時発注者である原告の意見を聴取して原告が納得できるものを設計する義務がある。したがってまた、被告が一つのプランに基づいてデザインを提出しても、原告がこれを自己の期待に沿わないと判断して他のデザインの提出を要求したときは、被告はこれに応じる義務がある。

したがって、4のとおり、原告が被告に対して別のデザインを制作して提出することを要求したにもかかわらず被告がこれに応じなかったことは、本件設計契約における債務不履行となるというべきである。

6 原告は、被告の右債務不履行を理由として本訴状をもって本件設計契約を解除する旨の意思表示をし、本訴状は昭和六〇年三月九日、被告に到達した。

7 よって原告は被告に対し、本件設計契約解除による原状回復として、既に支払った請負代金一五二万円及びこれに対する請負代金受付の日である昭和五九年一二月二八日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による利息の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3の事実は認める。

2 同4の事実は、デザインが各ブランドの雰囲気に合わないことを否認し、その余は認める。

3 同5は争う。

4 同7は争う。

三  被告の主張

本件のような店舗の内装のデザインの設計にあっては、発注者は設計者に対して一応のイメージを説明するが、それに基づきどのようなデザインを設計するかは、設計者の感性、創作能力に任されるのである。

被告は、本件設計契約を締結するに当たり、原告に被告のデザインするイメージを理解してもらうために、被告がそれまでにデザインした店舗の写真等を原告に示し、原告も被告の感性、創作能力を評価して契約を締結したものである。

したがって、被告は、その創作活動により店舗の内装のデザインを設計すれば、それで債務は履行したといえるのであって、被告の設計したデザインが原告の意に沿わなかったとしても、改めて別個のデザインを設計すべき義務はないのである。

なお、被告の設計したデザインにつき発注者との間で考えに基本的な相違がなければ、被告は修正に応じることもあるが、原告が要求したのは全く別個のデザインの設計であって、単なる修正ではなかった。

(反訴)

一  請求原因

1 本訴請求原因1に同じ。

2 本訴請求原因2に同じ。

3 本訴請求原因3に同じ。

4 被告は、本件設計契約に基づき、Kファクトリー及びBクラブの各店舗の内装につき、それぞれ原告が求めるイメージのデザインを設計し、昭和六〇年一月一八日、各店舗の内装の模型及び図面を原告に提出した。

5 ところが、原告は、各デザインが原告の希望するイメージに合わないとして別個のデザインを設計するよう要求し、被告の設計したデザインの受領を拒否した。

6 被告は、前4のとおり昭和六〇年一月一八日に模型及び図面を提出した時点で少なくとも契約業務の六割を遂行している。

したがって、被告は原告に対し、本件設計契約に基づく全報酬の六割に相当する額の報酬を請求する権利を有している。これは、Kファクトリーについては金九三万円、Bクラブについては金八九万四、〇〇〇円の合計金一八二万四、〇〇〇円となる。

右報酬のうちKファクトリーについては金七七万五、〇〇〇円、Bクラブについては金七四万五、〇〇〇円を本件設計契約の締結の日である昭和五九年一二月二八日に支払いを受けたので、未払報酬は、Kファクトリーについては金一五万五、〇〇〇円、Bクラブについては金一四万九、〇〇〇円の合計金三〇万四、〇〇〇円となる。

7 よって被告は原告に対し未払報酬金三〇万四、〇〇〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和六一年四月一九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3の事実は認める。

2 同4の事実のうち被告がその主張する日に各店舗の内装の模型及び図面を提出したことは認めるが、これらが原告の希望するイメージに合っていることは否認する。なお、右デザインは一応のものであり、原告の要求により修正し又は全く別個のものを設計することが予定されていたものである。

3 同5の事実は認める。

4 同6の事実は否認する。

5 同7は争う。

三  抗弁

本訴請求原因5及び6において主張したとおり、本件設計契約は被告の債務不履行によって解除されたものであり、被告は、部分的にせよ報酬請求権を有するものではない。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴について

一  請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

なお、《証拠省略》によれば、本件設計契約において被告が請負った業務の具体的内容は、Kファクトリー及びBクラブとも、企画、基本設計、実施設計及び設計監理であることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

二  そこで、本件設計契約締結の経緯及び被告の遂行した業務について判断する。

《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

1  原告は、従来、店舗の内装のデザインの設計を依頼する場合、いきなりデザイナーと設計契約を締結するのではなく、予めデザイナーに一応のデザインを提出させ、それが自己の意に沿えば、正式に設計契約を締結して発注するが、デザインが気に入らなければ設計契約を締結せず、何度かデザインを制作し直させたときでもそのデザイナーに対して何らの金員も支払わないという方法をとってきた。

一方、被告はインテリアデザイン業界では屈指の地位を占めているが、顧客からデザインの設計の依頼を受けたときは、予め設計契約を締結し、デザインを制作するに当たっては、顧客の要求するイメージを表現しようとすることは勿論であるが、その感性と創作能力をもって制作したデザインに対し顧客が否定的な評価をしても、基本的概念を変えない範囲での部分的な修正には応じるが、別個のデザインを制作し直すということはしない主義をとってきた。

2  原告は、そのコンサルタントから被告を紹介され、被告にKファクトリー及びBクラブの各婦人服をそれぞれ専門に販売する店舗の内装の設計を依頼することとし、昭和五九年一一月頃から原告においては常務取締役の成宮雄三が、被告においては山口肇が主な担当者となって、企画のための打合わせを開始した。

その際、原告の方は、各ブランド製品を見せ、また、Kファクトリーにあっては既に開店していた他の店舗を見せて、原告の希望するデザインのイメージを説明し、また言葉では、Kファクトリーは「アメリカの西海岸のイメージで明るくて健康的なイメージ」と、Bクラブは「都会のイメージでパリの街角のごくありふれたイメージ」と表現して、各デザインの制作を依頼した。

一方、被告においても、その感性、創作能力を理解してもらうために成宮雄三及びそのスタッフを被告のアトリエに案内し、被告のデザイン作りの現場を見せ、模型・図面の表現方法を説明し、また被告が制作した店舗のデザインの写真集を示すなどした。

右企画における打合わせにおいて、原告は被告に対して希望するデザインの抽象的イメージを伝えるだけで、店舗の素材、色彩又は形状等について特定はしていない。また、被告の方で一応のたたき台としてのデザインを提出して、原告の要求により修正又は制作し直してデザインの内容を決定していくとの話しはされていない。

3  右のような打合わせがされた後、昭和五九年一二月二八日になって、被告は原告に対し各ブランドの店舗の内装の設計について契約書(甲第一、二号証)の作成を求めた。原告としては、従来原告がとってきたやり方とは異なるが、本件設計契約を締結しても原告の要求によりいくらでもデザインの修正又は制作のし直しをしてくれるものと思って、契約書に調印した。

4  その後、被告の方で各デザインの制作にとりかかり、昭和六〇年一月一八日になって、被告の担当者の山口肇が各デザインの模型及び図面を届けた。成宮雄三はこれらを預り、ブランドのデザイナーとも相談したが、いずれのデザインも原告の希望したイメージに合っていないと判断し、翌一九日、山口肇に対して全く別個のデザインを制作して提出すべきことを要求した。

これに対して山口肇は、被告が提出したデザインが原告の希望するイメージに合わないことを争い、これで十分であるとして、別個のデザインの制作を拒否した。

5  そこで原告は急拠他のデザイナーに各デザインの設計を依頼し、その完成引渡しを受けて、予定どおり各店舗の内装工事を完了させた。

三  そこで、原告の主張する被告の債務不履行の有無について判断する。

本件のようにKファクトリー及びBクラブというブランドの婦人服を専門的に販売する店舗の内装のデザインがその商品のイメージに合い、これを引き立てる効果を有するものであることが必要であることはいうまでもない。そして、本件設計契約において、原告は被告に対してそのようなデザインの設計を依頼したことは当事者間に争いがなく、被告においては、原告の希望するイメージのデザインを制作することがその債務となることもいうまでもない。

しかし、デザインにおける素材、色彩又は形状等について発注者から指示があればデザイナーはそれに従うべきことは当然であるが、そのような指示のない限りそのようなイメージのデザイン化は、あげてデザイナーの感性、創作能力に委ねられるものであって、デザイナーが予め発注者とイメージついて充分打合わせをし、その結果に基づきそのイメージに合うものとしてその感性、創作能力をもってデザインを制作した以上、結果的にデザインが発注者の意に沿わないものであったとしても、デザイナーとしてはその債務を履行したものというべきであって、発注者とデザイナーとの間で明示的又は黙示的にその旨の合意がない限り、デザイナーにおいて発注者の意に沿うまでデザインを制作し直す義務はないというべきである(信義則上要求される程度の修正は別問題である。)。

けだし、デザインがあるイメージに合うか否かは全く個人の主観によるものであり、デザイナーがその感性、制作能力により真摯に発注者の希望するイメージを表現すべくデザインを制作したにも拘らず、発注者において希望するイメージに合わないと判断する限り、デザイナーの費用負担において幾度でもデザインを制作し直さなければならないとすれば、デザイナーの不利益は甚しいものがあるからである。

そのように解すれば、発注者にとっても、自己の意に沿わないデザインに対して対価を支払うことを余儀なくされることになるが、発注者にとっては、デザイナーの感性、創作能力を予め充分見定めた上で契約を締結すればよく(これがまさに原告が従来とってきた方法である。)、また、契約するに当っては、その要求により幾度かデザインを制作し直すべきことを条項として入れることもできる(デザイナーもこれを前提に料金を決めることができる。)のである。

本件設計契約においては、被告は原告との充分な打合わせに基づき、原告の希望するイメージを表現すべくデザインを制作したこと、また本件設計契約において原告の要求によりデザインを制作し直す旨の条項がないことは前認定のとおりであり、また、黙示的にせよそのような合意がされたことを認めることができる証拠もないので、被告に原告の主張するような債務の不履行はなかったというべきである。

四  したがって、その余について判断を加えるまでもなく、原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。

第二反訴について

一  請求原因1ないし3の事実及び同4の事実中被告が昭和六〇年一月一八日、原告に対してKファクトリー及びBクラブの各店舗の内装の模型及び図面を提出したことは争いがない。

二  被告の債務不履行による本件設計契約の解除についての原告の主張が理由がないことは第一において述べたとおりである。

三  そこで、被告の未払報酬の請求の主張について判断する。

第二・二で認定したとおり、被告が昭和六〇年一月一八日にKファクトリー及びBクラブの各店舗の内装の模型及び図面を提出したにもかかわらず原告は全く別個のデザインの制作を要求し、それが容れられないとして他のデザイナーに発注してデザインを完成させたものであるが、これは、結局本件設計契約における被告の仕事が完成しない間に原告の都合により契約を解除したものと認めることができるので、被告は、それにより被つた損害(それまでに被告がした業務割合による報酬の額が損害の額になるものと解される。)の賠償を請求することができる(被告は反訴において末払報酬として請求しているが、その趣旨は右損害賠償を請求するところにあると認められる。)。

そこで被告がした業務の割合について判断する。

被告は、Kファクトリー及びBクラブとも被告のなすべき業務の六割は遂行していたと主張し、証人山口肇はこれに沿う証言をしている。

しかし、被告が原告に模型及び図面を提出したのは、被告の企画を可視的に表現して原告に説明するためのものであると認められるのであるから、いわゆる基本設計の段階にあつたと認めることができる。そして、この段階で原告からクレームがついたのであるから、基本設計の具体化を図るいわゆる実施設計の段階にまで入つていたとは認め難い(仮りに実施設計に属する作業に入つていたとしても特に取り上げる必要がない程度のものと思われる。)。

また、《証拠省略》によれば、社団法人日本インテリアデザイナー協会が作成した「インテリアデザインの業務及び報酬基準」は、業務を分割して委託された場合でそれが実施設計まで行うときは、デザイナーは設計監理まで行う場合の報酬総額の五〇パーセントを受けるものと規定していることが認められる。この基準は右協会が作成した報酬についてのガイドラインであつて、法規範としての効力を有するものではないが、その内容からして、専門家としての立場からインテリアデザインの工程、実態を踏まえて規定を設けているものと認められるのであるから、業務工程と報酬割合との関係については充分の合理性を有するものと認めることができ、したがつてまた、本件において右関係を判断するにつき最も適切な資料であると認めることができる。

したがつて、被告がKファクトリー及びBクラブにつきそれぞれ遂行した業務に対する報酬割合はそれぞれ全体の五〇パーセントであると認めるのが相当であり、この判断を左右するに足る証拠はない。

したがつて、被告は、Kファクトリーについては金七七万五、〇〇〇円、Bクラブについては金七四万五、〇〇〇を報酬として請求できるところ、被告は、本件設計契約締結の日である昭和五九年一二月二八日に初回支払金としてKファクトリーについては金七七万五、〇〇〇円、Bクラブについては金七四万五、〇〇〇円の支払いを受けていることは当事者間に争いがないので、被告はその遂行した業務の割合に相当する報酬はいずれも支払いを受けており、結局、原告がした中途解除によつて被告は何ら損害を被つていないこととなる。

五  したがつて、被告の反訴請求も理由がない。

第三結論

以上のとおり、本訴請求及び反訴請求のいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤修市)

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